Shirt Maker YAMANAKA Founded1964

 

トーマスメイソン シャツとその他の物語 byジェレミー・ハケット

アルビニ・シャツの話と、それにまつわる話

トーマスメイソン

私達の会社(イタリア・アルビニ社)の英国部門であるThomas MasonとDavid John Andersonの顧客 との共同制作により編集されたこの資料において、私達の生地の色彩や斬新さをいつも評価して下さっているシャツブランドに私達は注目してます。
驚くべき事にハケット(Hackett)はわずか30年前にThomas Masonの生地を使って、最初のシャツのコレクションを作り上げたのですが、それは典型的な英国の伝統スタイルを現代風に表現 したことで世界的によく知られています。
私達はHackettの共同創業者であるJeremy Hackett (ジェレミー)が、私の従兄弟のSilvio (シルビオ・現アルビニ社社長)との、ロンドンでのインタビューに応じて頂いた事を、非常に光栄に思っており、その結果として、正直で大変ユーモアに富んで、それでいてスピリチュアルな時を過ごせると確信しております。
シャツやシャツにまつわる物語を、私と一緒にお楽しみ下さい。

私はミスタークラシックとよばれます。

トーマスメイソン

英国の報道関係者の間でミスタークラシックとして知られている ジェレミー・ハケット、(あなたのお店の)Hackettについて何か話してもらえませんか?

はい、彼らが私をミスタークラシックと呼ぶのは事実です。 実際長い間、彼らはそのほか色んな言葉で私を呼びました。それは"SloaneRangers" "Young Fogies" (ロンドンの上流階級の保守的ながらファッションに敏感な若者)、"Yuppies" 1940年-1950年代生まれの都市の若手エリート)"Lad" (仲間)、 そしてごく最近はHeritageBrand (遺産ブランド)として知られるようになりました。そのブランドは僅か創業29年間であることを考慮するとそれはかなり 興味のあることです。

僅か創業29年間?

はい、特に私達の顧客はHackettが創業100年以上ではないということに、いつもとても驚きます。彼らは私が祖父や父から事業を引き継いだ上流階級の少年であると思っています。しかしこれほど真実からかけ離れたことはありません。

私は7歳ですでに流行に敏感でした。

トーマスメイソン

私はBristolの普通の家庭で育ち、デザイナーでもテーラーでもなく、小売業者で、その店主です。
いろいろな出来事が次から次へと起こり、その影響が交じり合い、出会いのチャンスや、ひとつの事が別の事に結びついたりしてHackettが出来上がった、と私は思います。
私は早熟な子供だったので、流行に興味を持たなかった時はありません。
私は7歳の時でも、何を自分が着るかに関心があり、その対象はいつも私の母が縫ったり、編んだりしてくれた洋服でした。
私の母は1950年代当時ではごく普通の厳格な人でした。
彼女はバーバリー(Burberry)のレインコートを売り、私の父は織物業界にいました。
学校では私は英語、歴史、それに演劇にしか興味を持たないかわいそうな生徒でした。
私の脳みそに欠けていたものを、流行の中で作り上げました。
私たちは白いシャツ、赤いネクタイ、そしてグレーのフラノのパンツを身に付けなければなりませんでした。
しかし私のシャツにはタプカラーが付き、ネクタイは細く編まれていて、パンツは先の方が細くなっており、そして黒く側面が延びるチェルシーブーツを私は履いていました。
私のクラスの少年は皆、私の真似をしました。

学生服の規則を曲げること

トーマスメイソン

16歳の時、私は全ての試験に失敗し、校長先生に、私は学校を辞めるのがおそらく最善であろうと言われました。
しかし校長先生は私に、心配することは無い、君には魅力と笑顔があり、今までも何とかなったではないか、と言いました。
私の父はそんなには優しくはなく、「もしお前が自分の靴下を引き上げないのなら(気合を入れないのなら)、ひとつの店で、働いてそれでお前の人生は終わってしまうだろう」、と予言し、私を脅しました。
ひとかどの人間になりたいのならロンドンに行かなければならない、とそのとき私は気付き、それを実行しました。
それは1970年代初めで、私は販売員のアシスタントとしてChelsea(チェルシー)のKing's Roadで働きました。
そこでは働いて得たお金で色の付いた窓ガラスをはめたミニクーパーを買うことができ、その一方で、残ったお金は洋服につぎ込みました。
いつも文無しでしたが、着飾るという事において何も変わりませんでした。

そこはプライベートな世界、紳士服の仕立業(フルオーダー)

トーマスメイソン

そしてそれからあなたは全く偶然にもロンドンのサビルロウ(Savile Row)を見つけ出した。

はい、そして私は直ぐにその控えめな空気と、薄暗い色調に心を打たれました。
それは洗練された洋服のテーラー(仕立屋)で、そんな経験は初めてでした。
私はメンズのテーラーの倶楽部というプライベートな世界に足を踏み入れたと感じました。
私は革新的なアイディアで従来の仕立て屋達の間で物議を醸していた有名テーラーのTommyNutterの向い側にあるJohn Michaelの店で、販売員の職を得ました。
収入は増加しましたが、それでも私は分不相応な生活を送っていました。
それほど注文服は高価でした。
そこで私は、収入を補足する為に、利益を取って自分の友人達に売る事の出来る商品を探しにPonobelloの蚤の市に通い始めました。
私は、1960年~1970年代の流行を代表するような質の良い洋服を、その年代の人達の子供たちが廃棄するであろう クラシックな中古品を探し出そうとしました。
ある金曜日の早朝、私はAshley Lloyd-Jenningsと出会いました。
私達二人は、同じツイードのジャケットを買い求めようとしました。
私達はその代金を折半して払い、売れるとその利益もまた折半しました。
それが彼との長いパートナーシップの始まりでした。

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